報告

【報告】ナウマンゾウの雪囲いを撤去しました 写真撮影にいかがですか

国道18号線「野尻湖」信号の交差点に、実物大に復元されたナウマンゾウの親子像があります。キバが雪の重みで壊れるのを防ぐため、雪囲いとして支柱を設置していましたが、雪がなくなりましたので、これを撤去しました。

雪囲いをはずしました

雪囲いをはずしました

この時期は雪の黒姫山をバックに写真を撮ることができますので、氷河時代にいたナウマンゾウのイメージにぴったりの写真になります。ぜひ、ここで写真を撮ってみてください。

黒姫山をバックにナウマンゾウの写真を撮ってみてください

黒姫山をバックにナウマンゾウの写真を撮ってみてください

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
0

コケ庭作り、はじめました!【信濃町コケの会】

3月9日(土)コケを貼りました!

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

春の大雪明けのコケ庭作りです。
一茶の句碑の周りにコケを貼りました。
まるでコケのパッチワーク。
楽しかったです。
雪がとけたら、コケ庭を広げます。
一緒にコケ庭作りをしましょう。

****コケ庭を作ろう!その2****
野尻湖ナウマンゾウ博物館前の一茶の句碑周辺を苔スポットにします。
どなたでもご参加いただけます。

期日・・4月13日(土)10:00~12:00
集合・・野尻湖ナウマンゾウ博物館2階 多目的室
  ※入館の際は、博物館の受付で「コケ庭作りに参加します」とお伝えください。
持ち物・・長靴、軍手、帽子、汚れても良い作業しやすい服装でいらしてください。
参加料・・無料
予約・・メールで信濃町コケの会 鹿住までご連絡ください。

<お問合せ>
信濃町コケの会 鹿住(かずみ)
cdakkorin@gmail.com

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
0

ウィルタネン彗星

信濃町星空研究会では、12月13日と14日にウィルタネン彗星の観望会を計画しましたが、残念ながら天候が悪く見ることができませんでした。天候の回復により、15日から16日にかけて、メンバーの小林さんが彗星を撮影しましたので紹介します。
ウィルタネン彗星は1948年にカール・ウィルタネンが発見した彗星で、5.4年の周期で太陽の周りを回っている周期彗星です。今回は地球に大接近し、日本で観望するには大変条件がよい彗星ということで注目されています。尾がないのでわかりにくいかもしれませんが、プレアデス星団の近くで青くボーっとみえますので、天気がよい夜に見てはいかがでしょうか。ちなみにウィルタネンさんが彗星を見つけた年に野尻湖でナウマンゾウが発見されました。

ウィルタネン彗星
『ウィルタネン彗星』

南中星座
『南中時の全景』
右上のプレアデスの下に緑のウィルタネン彗星が確認できます。
左側は長野市の明かりです。
日時:12月16日 1時2分 ISO1000 24mm F4 露出1分
撮影:小林

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
0

【報告】ナウマンゾウ親子像の雪囲い

国道18号線「野尻湖」信号の交差点に実物大のナウマンゾウの親子像のモニュメントがあります。この辺りは積雪が1.5~2mになりますので、雪の力で壊れないように、雪囲いが必要です。
昨日(12月11日)、牙(キバ)が折れないように、牙の下に支柱を入れてきました。これでいつ雪が積もってもだいじょうぶです。

ナウマンゾウモニュメントの雪囲い

ナウマンゾウモニュメントの雪囲い

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
0

【報告】市立大町山岳博物館学芸員の千葉さんに講演していただきました

12月9日(日)の午後1時30分から、博物館2階多目的室で、地域と協働する博物館講演会をおこない、28名の方にご参加いただきました。
この講演会は野尻湖周辺活性化事業実行委員会が主催で、氷河時代案内養成講座の一環でおこなわれたものです。
講師に市立大町山岳博物館学芸員の千葉悟志さんをお迎えし、「親しまれる博物館をめざして」という演題で講演していただきました。

講演会 演題は「親しまれる博物館をめざして」

講演会 演題は「親しまれる博物館をめざして」

当館は今後、地域の方にこれまで以上に博物館の活動にかかわってもらいたいと考えていて、そうした活動の先進地として大町山岳博物館の取り組みを教えていただくため、千葉さんに講師をお願いしました。
千葉さんには市民参加型の企画展づくりをおこなった事例や、それをきっかけとして、調査研究活動などにも市民の方に加わってもらい、さらに収蔵資料の整理などもいっしょにおこなっていること、また、学校や生涯学習の場への出張講座など、人を育てるということも大切にされていることなどを紹介していただき、私たちが目指している博物館の姿を見せていただいたように感じました。

講演する市立大町山岳博物館学芸員の千葉さん

講演する市立大町山岳博物館学芸員の千葉さん

講演会終了後、氷河時代案内人養成講座修了証書授与式をおこないました。過去3回の講座と今回の講演会の計4回すべてを受講した方へ修了書を授与するということで、今回、21名の方へ、実行委員会会長で当館の近藤館長から修了証書が手渡されました。
修了されたみなさまには、来春から「氷河時代案内人」として、当館の活動にいろいろな形で協力していただけるものと期待しています。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
0

【報告】氷河時代案内人養成講座(第3回)

11月27日(火)の午後7時から、博物館2階多目的室で第3回の講座をおこないました。

第3回氷河時代案内人養成講座のようす

第3回氷河時代案内人養成講座のようす

今回は当館学芸員の渡辺が講師となり、「遺跡と人類」の題でお話しいたしました。野尻湖はナウマンゾウの化石といっしょに石器や骨器が出土するたいへん条件に恵まれた遺跡であること、しかし、ミトコンドリアDNA分析による日本列島への現生人類の到達時期はおよそ4万年前で、それ以前の日本列島には人類がいなかったとする考えもあり、前期旧石器時代に属する野尻湖の立が鼻遺跡は評価が定まっていないのが現状だということ、野尻湖周辺は国内でも有数の後期旧石器時代の遺跡が密集する地域で、石斧がたくさん製作された地域であることなどを紹介しました。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
0

【報告】氷河時代案内人養成講座(第2回)

11月20日(火)の午後7時から、博物館2階多目的室で第2回目の講座をおこないました。

テキストの図を示しながら説明する関学芸員

テキストの図を示しながら説明する関学芸員

今回は当館の関めぐみ学芸員が講師となり、「地層が語る野尻湖7万年の歴史」の題で話をしてもらいました。ナウマンゾウの化石が見つかる野尻湖底の地層「野尻湖層」についての説明や、野尻湖を取り囲む火山から噴出した火山灰の話、古環境を推定するために分析をしている花粉や珪藻(けいそう)の話など、野尻湖周辺の地層や古環境について紹介していただきました。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
0

【報告】レプリカ着色ワークショップ

文化庁の補助事業で「サテライトミュージアム事業」というものをおこなっています。信濃町の中の店舗や宿泊施設などにナウマンゾウの歯の化石などを置いてもらい、見た方にナウマンゾウや野尻湖発掘に興味をもってもらって、博物館に見学に来てもらおうという取り組みです。
昨年に続き今回が2回目ということもあり、参加者は3名と少なかったのですが、博物館の職員といっしょにレプリカに着色する作業をやっていただきました。

白いかたまりがナウマンゾウ臼歯の石こう模型

白いかたまりがナウマンゾウ臼歯の石こう模型

今日の作業はあらかじめ型に石こうを流してつくっておいたナウマンゾウの臼歯とヤベオオツノジカの下顎骨に、本物を見ながら着色をしてもらうというもので、最初に近藤館長から今回着色する化石の話を聞いてから色をぬり始めました。

近藤館長によるオオツノジカ下顎骨の説明

近藤館長によるオオツノジカ下顎骨の説明

茶色をベースにいろいろな色を混ぜながら色をつくってぬりましたが、なかなか本物の色に近づけるのは難しいと感じました。

色塗りに挑戦中。けっこう難しい

色塗りに挑戦中。けっこう難しい

サテライトミュージアムとして町内で展示されているレプリカは、昨年製作されたものと合わせると、30箇所以上の所にあります。見かけましたらぜひ、よく観察してみてください。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
0

【報告】氷河時代案内人養成講座(第1回)

氷河時代案内人(地域学芸員)養成講座の受講者を募集したところ、28名の方にご応募いただきました(11日に応募を締め切りましたので、現在は募集していません)。

11月13日(火)の午後7時から、博物館2階多目的室で第1回目の講座をおこないました。予想よりも多くの応募者があったため、用意した席はすべてうまってしまいました。

今回は当館の近藤館長が講師となり、当館の展示解説書をテキストに使って、「野尻湖発掘と哺乳動物化石」の題で話をしてもらいました。ナウマンゾウの名前の由来やナウマンゾウの歯が野尻湖で最初に見つかった時のようす、野尻湖の発掘で最初に化石が掘り上げられた時のことなど、面白いエピソードを交えて話をしていただきました。

ナウマンゾウの歯のレプリカを使って説明する近藤館長

ナウマンゾウの歯のレプリカを使って説明する近藤館長

また、ナウマンゾウの特徴も、歯のレプリカを使ったり、他のゾウの歯と比較したりして、わかりやすく説明していただきました。

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
0

【学習会報告】明治時代の水路跡の見学会

本日、「野尻湖から水を引こうとした”幻の水路”明治時代の水路跡見学会」という学習会をおこない、雨が降る悪天候の中でしたが、22名の方にご参加いただきました。
野尻湖は長野県北部にある湖ですが、この水を使う優先権は新潟県の高田平野の用水組合がもっています。江戸時代の17世紀後半に高田藩が開削した用水の使用から続いているのですが、一時、長野県側へ水を引くために、野尻湖に穴を開けて通水したことがありました。明治時代の出来事です。
野尻湖に穴を開ける工事は明治11年(1878) 2月に着工し、その年の8月27日には約180mのトンネル(当時はこれを繰穴(くりあな)と呼んでいました)が貫通しました。そしてそれを水の乏しい村へ通水するために水路が掘られました。

奥に見える穴が野尻湖まで通じているトンネル(繰穴)

中央の奥に見える穴が野尻湖まで通じているトンネル(繰穴)

しかし、この水を計画通り通水するためには鳥居川に大きな筧(かけい)をかけなければならず、結局は筧の設置ができずに、鳥居川の手前までで水路は止まってしまいましたが、鳥居川の手前のところまでは通水されたため、周辺では多くの畑が田んぼになりました。ここで問題になったのが水利権で、当初の約束を守らずに通水を続けたために裁判で敗訴となり、明治24年には完全にふさがれてしまい、以後、水が通ることがなくなったのです。
閉塞後、130年程経過しましたが、町内にはこの水路跡が多く残っていて、今回、ところどころを見て回りました。

通水されずに今も残る素掘りの水路

通水されずに今も残る素掘りの水路

また、太平洋戦争の時、この水路を使って野尻湖の水を鳥居川に入れ、川の水位をあげようとしたことがあったそうですが、通水する前に終戦となったようです。この時に川に注ぐところの底面には石が張られ、両側面も石積みにされて、三面張りの水路にされたということで、今回、その場所も見学しました。

底部の土を取り除いたら、石が張られていました

底部の土を取り除いたら、石が張られていました

結果的にうまくいかずに、忘れ去られてしまった土木遺産ですが、残された水路の見学を通し、当時の人々の考えや、掘削の苦労などを考える良い機会となりました。(渡辺哲也)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
0