「遺跡めぐり」で中野市へ行ってきました

10月4日(日)に学習会「遺跡めぐり-中野市の遺跡めぐりと博物館見学-」をおこないました。参加者は20名でした。野尻湖ナウマンゾウ博物館のある信濃町にはたくさんの遺跡がありますが、その傾向として、旧石器時代の遺跡がたくさんある一方で、弥生時代や古墳時代の遺跡が少ないことが挙げられます。今回の学習会では信濃町からそれほど遠くない地域でありながら、信濃町では見られない遺跡や遺物を見てもらい、この地域の歴史について考えていただきたいと計画しました。

最初に行ったところは栗林遺跡で、現在はりんご畑となっていて、りんごが大きく実っている中に標柱が建てられていました。戦前から知られ、栗林式土器の標式遺跡として有名で、長野県の史跡に指定されています。

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栗林遺跡

 

 

次に七瀬双子塚古墳に行き、全長61mの善光寺平最北端の大型の前方後円墳を見学しました。これも長野県指定史跡です。

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七瀬双子塚古墳

 

中野市立博物館では土屋館長さんに展示解説を丁寧にしていただき、特に国の重要文化財(重文)に指定されている柳沢遺跡の青銅器について詳しくお聞きすることができました。重文の青銅器とは銅鐸(どうたく)5点、銅戈(どうか)8点のことですが、およそ2000年前につくられた本物を見ることができ、その迫力に圧倒されました。とてもすばらしいものでした。写真は復元された銅戈(どうか)を見ながら説明をしていただいているところです。

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中野市立博物館

 

昼食後、高梨館跡公園に行きましたが、ここは国指定の史跡で、戦国時代の館跡が非常によく残されていていました。聞くところによると、江戸時代の間、町なかにあるこの地がまったく利用されずに保存されてきたというのですから驚きです。信濃町には黒姫山がありますが、この高梨家にいた黒姫というお姫様が黒竜の背に乗ってこの山に舞い降りたことから黒姫山と呼ばれるようになったという黒姫伝説発祥の地でもあります。

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高梨館跡公園

ところで昭和24年に建てられた「高梨小館城址」OLYMPUS DIGITAL CAMERAの標柱の側面にある「関山国師生家」の意味が知りたいと参加者の間で話題になりましたが、後日、参加者のお一人がお調べになり、その内容を教えていただきました。京都の妙心寺を開山した関山慧玄という人物がこの高梨氏から出た方で、その生家という意味だそうです。

 

最後に重要文化財が出土した柳沢遺跡に行きました。堤防工事のための発掘調査で銅鐸や銅戈が出土したものですから、現在はしっかりと高い堤防になっていました。そしてそこには約10m先で青銅器が出土したと書かれた標柱が建てられてありました。また、説明板も設置してあり、遺跡の概要が説明してありました。

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柳沢遺跡

弥生時代、古墳時代、戦国時代の遺跡をめぐり、中野地域の遠い昔に思いを馳せることができました。

(文責:渡辺哲也)

 

 

 

 

 

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