年次別 野尻湖発掘の歩み

野尻湖発掘の歩みを第1次発掘調査からご案内します。

ナウマンゾウ・ヤベオオツノジカの化石を発見!

第一次発掘は、1962年3月に鈴木誠氏(信州大学)を団長として、スタートしました。最初はナウマンゾウの臼歯がでたところを掘ってみましたが、なにもでてきませんでした。ところが新潟県の中学生たちが終了間際になって、いたずらで資材置き場のところを掘ってみたところ、ナウマンゾウの大腿骨を発見しました。これがきっかけとなり、氷期にすんでいたと思われるヤベオオツノジカの化石をはじめおおくの化石を発掘することができ、第一次発掘は大成功に終わりました。

放射性年代の測定と花粉分析によるウルム氷期の確認。

翌1963年、第二次発掘が150名でおこなわれました。このときに第一次で採集された試料の花粉分析から、亜寒帯から冷温帯にかけての植物の花粉が検出されました。これによって、ナウマンゾウは氷期にいたことがあきらかになりました。また、放射性炭素の年代値がおよそ1.6万年前と2.1万年前という結果であることが報告されました。

最初の旧石器剥片の発見!

1964年には第三次発掘がおこなわれ、参加者は200人をこえました。発掘もなかばになって、旧石器の剥片(下写真)がみつかりました。動物の化石といっしょに出土したはじめての遺物です。つぎの日にも剥片がもう一点発見され、野尻湖人の片鱗が姿をあらわしたのです。また、ナウマンゾウの大腿骨や頚椎、肋骨などが集中してみつかったことも大きな収穫でした。

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ナウマンゾウの頭骨の一部を発見。8.5メートルの材木化石の発見!

1965年には第四次発掘がおこなわれ、参加者は400人になりました。発掘の4日目に、桟橋の先端付近から十数本におよぶナウマンゾウの肋骨群が姿をあらわしました。しかし、不思議なことに、でてくる化石はナウマンゾウやオオツノジカばかりです。ほかの動物たちはすんでいなかったのかという疑問がだされました。
結局、第四次発掘でも野尻湖人が狩りをした痕跡は発見できませんでした。そこで、膨大な化石の資料を整埋するために一時、発掘を休むことになりました。

復元図にみる発掘の歴史

Illustrat 第一次発掘から第四次発掘までの成果をもとに、井尻正二氏と画家の金子三蔵氏によって描かれた復元図があります。野尻湖発掘以前には、ナウマンゾウは南方系の動物と考えられていましたが、北方系のオオツノジカがみつかり、花粉化石の分析などから氷期であることがあきらかになっていった過程が、それぞれの発掘年次ごとにいきいきと描かれています。

1962年の復元図には遠い山が噴煙をあげています。火山灰の研究で、黒姫火山が噴火していたことがわかったからです。また、氷期のナウマンゾウには毛が描かれていることにも注目してください。1964年の復元図にはいよいよ野尻湖人が登場します。そして、野尻湖が狩り場であったという考えが表現されています。

このように、発掘でわかったさまざまな研究成果をもとに、復元図を描き、研究の仕方を一般の人にも理解してもらえるような試みがおこなわれました。

「月と星」発見。ナイフ形石器・骨器の発見。専門グループの発足。

第五次発掘が再開されたのは1973年のことでした。この間、絵本や展示会、講演会などをとおして、野尻湖発掘のことは全国に知られるようになり、第五次の参加者は1,000人をこえるほどになりました。

第五次発掘では「月と星」とよばれる、ナウマンゾウの牙とヤベオオツノジカの掌状角(写真)がよりそうような化石が発見され、「野尻湖人が配置したものではないか」と思われました。また、骨製尖頭器(骨製基部加工剥片)やナイフ形石器などの遺物もみつかり、野尻湖人への期待が高まってきました。

このころから信州大学のなかに発掘調査団の事務局がおかれ、郷原保真氏が事務局長をつとめられました。地元に博物館をつくろうという夢が、調査団と町の人のあいだにうまれました。

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ヴィーナス像(?)、生痕化石の発見。野尻湖友の会発足。

venus 1975年におこなわれた第六次発掘は3,600人という大規模な発掘となりました。掘られたグリッドも100以上にのぼり、発掘された化石や遺物などの資料数は1万点をこえました。

地層の表面にくっきり残るオオツノジカの足跡化石や水生昆虫のはった跡の化石が、地層のなかに平らにたまった砂粒をはぐようにして掘る「ラミナ掘り」という方法により、発見されました。これらの生痕化石の発見は、この後、野尻湖人の生活面を検出するというあたらしい目標にすすむきっかけになりました。ナウマンゾウの牙の「先端を加工したヴィーナス?」(写真)ではないかと思われる資料も発掘されました。

友の会単位での発掘参加。ナウマンゾウ頭骨の発見。昆虫化石の発見。

第六次発掘の最終日、次回の発掘はそれぞれの地域で勉強しながら参加しようという提案があり、各地で「野尻湖友の会」が結成されました。
1978年におこなわれた第七次発掘は、こうした各地の「野尻湖友の会」が準備したはじめての発掘です。いままで姿をあらわさなかったナウマンゾウの頭骨(頭蓋*とうがい)や昆虫化石の発見というあたらしい分野の成果もありました。また、野尻湖発掘は3年ごとにおこない、100年の計ですすめようという長期的な見通しも決められ、大森昌衛氏(東京教育大学)が団長をつとめました。

野尻湖友の会に入会して発掘しよう~
野尻湖の発掘は、小中学生から大人まで、一般の人たちと専門家がいっしょになって調査をする市民参加方式でおこなわれます。北海道から九州まで日本各地には「野尻湖友の会」があり、希望する方の窓口になっています。

野尻湖発掘に参加するには…

2.4メートルの牙・ヤリ状木質遣物の発見。骨製スクレイパーの発見!

亀井節夫氏(京都大学)を団長とする1981年の第八次発掘では、骨製スクレイパー、ナイフなどの骨器、そしてキルサイト(狩猟・解体場)の状況証拠と判断されたナウマンゾウの頭骨とヤリ状の木質遺物が発見されました。

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キルサイト(狩猟解体遺跡)とは
野尻湖発掘が行なわれている立が鼻遺跡(たてがはないせき)では、動物を解体した痕跡や石器、骨器などが同じ地層から見つかっていることから、旧石器時代にこの地域で人間達がゾウやシカを狩っていたキルサイトの遺跡だと考えられています。

キルサイト確認、糞石(?)発見! 博物館開館。

1986年におこなわれた第九次発掘では、ヤベオオツノジカの糞化石と思われる資料が発見されました。専門家だけでなく、多様な分野の参加者がいろいろな目で発掘に参加しているからこそ「発見」できたものです。みずみずしい感性をもった小学生の発見やそれをみるさまざまな専門家たちがいたからこそ、想像もしなかった糞化石の発見に結ぴついたのでしょう。
この年に地元の人たちと全国の野尻湖発掘調査団の人たちの長年の夢であった「野尻湖博物館」(現在の「野尻湖ナウマンゾウ博物館」)が発掘地のすぐ近くに開館しました。

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骨製クリーヴァー(ナタ状骨器)の発見!

1987年の第十次発掘では、骨製クリーヴァーの発見がありました。ナウマンゾウの骨を利用したナタ状の骨器です。野尻湖文化を特徴づける骨器がますます充実してきました。団長は野村哲氏(群馬大学)になりました。

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ナウマンゾウの足跡化石の証明。

1990年の第十一次発掘は、それまでわからなかった大きな穴が、ナウマンゾウの足跡化石であることが確認された記念すべき発掘です。
3年の準備をへて発掘にのぞみ、そして夜も徹した発掘作業の結果、足跡であることを最終日に確認することができました。ナウマンゾウの古生態の解明にせまる大きな成果でした。

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写真:ナウマンゾウの足跡化石。約40cm

線状痕(解体痕?)のある肋骨の発見。

骨につく傷に注目して、解体痕の解明にとりくんだ1993年の第十二次発掘。肋骨につく傷跡らしきものが発見されましたが、その検討は今後に残されました。団長は酒井潤一氏(信州大学)です。

たたき石、ナウマンゾウ上腕骨の発見。

1997年の第十三次発掘では、野尻湖のナウマンゾウではもっともあたらしい時代の上腕骨が発見されました。ナウマンゾウは約3.3万年前まで野尻湖にいたことが想定されました。

化石の産状を詳しく観察する調査法をはじめる。

野尻湖がナウマンゾウを解体した場所であることを証明するには、化石や遺物がどのように地層のなかに埋まっているかを、くわしく調べることが必要です。砂粒ひとつひとつと化石・遺物の開係を調べながら発掘をすすめる方法で、熊井久雄氏(大阪市立大学)を団長に第十四次発掘(2000年)はおこなわれました。その結果、化石が流れてきた方向や散らばり方などがわかってきました。

昔のなぎさの場所を発見。

オオツノジカの切歯の発見。「産状確認法」を本格導入。

オオツンジカの下顎骨、ナウマンゾウの椎骨の発見。

2008年の第十七次発掘の発掘では、シカの顎の骨やゾウの首の骨が見つかりました。また足跡と思われるくぼみも見つかりました。このことから古環境がよりくわしく復元することができました。さらに今回の発掘では前回の発掘から採用された「産状確認法」という発掘方法がだいぶ定着し、いままで以上により精密なデータがとれて、さまざまなことがわかるようになりました。今回の発掘は発掘調査団として1歩前進することができた発掘となりました。これらの成果を次回の発掘にもつなげたいと思います。

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写真:ナウマンゾウの椎骨

参加人数:245名 /見学者数:526名
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たたき石やナウマンゾウの切歯片などが出土。

第18次野尻湖湖底発掘では、たたき石やナウマンゾウの切歯片や肋骨片、背骨の一部などが出土しました。また、今回発掘した場所の地層の重なり方も明らかになりました。天候にはめぐまれませんでしたが、参加者は皆、寒さにも負けず、一生懸命掘っていました。

参加人数:193名/見学者数:359名

グリッドと呼ばれる、4m×4mの正方形に区分けされた野尻湖底をみんなで役割分担をして、掘っていきました。掘り方にも特徴があって、一枚一枚の層を薄くはがしていくような“ラミナ掘り”という、丁寧な掘り方をしました。第18次発掘では、いろいろな化石が出土しましたが、自分で化石を発見したときの喜びはとても大きいものです。
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